【書評】『東京発 半日旅』(吉田友和著、ワニブックス)

書評

 

ここ最近の休日は言うまでもなくほとんど家にいる。天気のよい日は出かけたくもなるが、そんな時は旅行関係の本を読んで、旅行に行ったつもりになったり、今後行きたいスポットを探したりしている。そんな旅行本の中でも『東京発 半日旅』(吉田友和著、ワニブックス)は、半日でどれだけ充実した旅ができるのかというコンセプトが面白かったので紹介してみたい。

 

タイトルにもある通り、この半日旅は東京から出発することを想定している。ただし、紹介されているのは広域関東圏内の観光スポットなので、東京住まいでなくても関東地方在住の方であれば楽しめる内容となっている。もちろん旅行記として読むなら誰でも楽しめる内容ではあるが、半日旅の実践まで視野に入れると、より楽しめるのは関東地方在住の旅行好きとなるだろう。

 

旅行というと、事前に計画をしっかり立てて、泊まりがけで行くというイメージを持っている人は多いと思う。しかし、本書で提案されているのは日帰り旅行でもなく半日旅である。何にも予定のない休みの日に、急に思い立って行くことも可能な気軽な旅である。もちろん半日なので、行ける場所は限られるが、それでも静岡や長野といったところまでは行動範囲に入ってくる。近場のショッピングモールに出かけるような感覚で旅行を楽しむことができるというのがこの半日旅のよいところだろう。

 

本書で紹介されているスポットは地域別ではなく、「自然・景観・庭園」、「祭り・イベント・温泉」、「グルメ・大人の工場見学」といった具合にジャンル別で紹介されている。個々人の興味に沿って読み進めることができるので、行きたい場所、気になる場所が見つけやすくなっている。こうして自分が気になるジャンルごとに読んでいると、半日で意外に遠くまで行けるということや、身近な場所にまだ知らぬ面白い場所があったことに気づかせてくれる。

 

たとえば、静岡県榛原郡川根本町には南アルプスあぷとラインという鉄道がある。これが本書では次のように紹介されている。

日本で唯一のアプト式鉄道に乗って南アルプスの大自然を堪能する鉄旅へ。湖上につくられた絶景駅など見どころ多数。大井川鐡道が誇る「トーマス列車」(不定期運行)の終点・千頭駅が始発駅になっているので、乗り継げるとベストだ。

このアプト式というのは、急勾配を上るためのシステムである。線路の真ん中に歯車レール(ラックレール)を敷き、鉄道の床下に設置された歯車を噛み合わせて坂道を上り下りをするというものである。日本で唯一のアプト式鉄道に乗って、絶景を楽しむ。これを手軽な半日旅で味わえるのは非常に贅沢ではないか。

 

こうした贅沢な旅もよいが、近場の知らなかった場所に行くのもまた面白いだろう。読んでいて私が興味をひかれたのは杉並の沖縄タウンである。

京王線の代田橋駅から甲州街道を横断して徒歩五分くらい。「沖縄タウン」と書かれた赤いアーチをくぐると、小さな路地に沖縄関連の店がひしめいている。元々は「和泉明店街」という普通の商店街だったのだが、「沖縄」をテーマに街興しを行ったことで知られる。さながらリトル沖縄とでもいった雰囲気で、都内にいながらにして沖縄気分に浸れるスポットだ。

杉並の沖縄タウンなんて今までまったく聞いたこともなかった。かつて京王線沿線に住んでいた私がそうなのだから、知らなかったという人は多いのではないだろうか。

 

こんな感じで本書では全部で60のスポットが紹介されている。まずこの充実した情報量に驚かされるが、著者はこれまで行ったことがある場所にも本書の執筆のために改めて再訪したという。そんな旅行に対してある種のストイックさを感じさせる著者は旅行作家である。世界一周新婚旅行で旅に目覚め、会社勤めをしながら週末海外旅行をしていたらいつのまにか旅行作家になっていたというユニークな経歴の持ち主である。

 

半日旅は特に予定も立てず、思い立ったらすぐに行動に移せる手軽な旅である。少し遠くまで足を運んだり、近場のディープなスポットを訪れてみたり、自分の予定に応じて自在にアレンジできる。なので、旅をしたいがそんな時間がないと思っている方はぜひ本書を読んで半日旅を実践してみてほしい(旅行に行くのはもちろんコロナが落ち着いてからである)。たった半日だけでも充実した旅をすることはできるし、我々の身近な場所にも素晴らしい場所、面白い場所があったことに気づかされるはずである。なお、今回紹介した『東京発 半日旅』以外に『京阪神発 半日旅』や『福岡発 半日旅』も刊行されているので興味がある方はぜひ読んでみてほしい。

 

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